-10月7日gazzettaのトップに出ました-
"Calvario finito, ora una chance" 
〜長い苦難が終わって、チャンスが来た〜

Francesco Coco, 27 anni, al terzo anno nell'Inter.

フランチェスコ・ココは2003年11月から試合から遠ざかっていた。たったひとつの椎間板ヘルニアが悪夢となった。ディフェンソーレ(ココ)はそれについて語る。とりわけ復帰する準備はできたということを…。

MILANOにて。彼はROMA−INTERの試合をティフォージ席から見ていた。『見ていて良い試合だったと思うよ。本当は召集されて、競技の雰囲気を味わいたかった。復帰は間近だ』

−やあ、フランチェスコ。それは確信しているの? それとも自分を励ますために言っているの? 
「確信している。完全に治ったと確信しきっている。すべてが済んだよ。本当に問題は解決したんだ。まだ何か力強さのようなものが足りないかもしれないが、しかたないんだ。後ろに置いて行かれるのは最悪だよ」
  
−では、あなたは自分を1月の最大の補強だと思っていますか?
「10月からだよ。僕は古い移籍市場のデータに従う。とにかく、プレーしなくてはならない。これから、短い期間にチャンスを勝ち取るつもりだ」

−(回復は)科学と技術による医学の奇跡と有名なTV番組で言われていたね。
「(医学よりも)自分の意志の力だ。僕は闘牛でも切り倒されてしまうくらいの一撃を受けたんだ」

−それは続いた?
「ずっと。僕は椎間板ヘルニアの手術をして、神経を傷つけてしまった。それが左腿の筋肉に一連のひどい後遺症を引き起こすことになったんだ。事実、階段を昇ることさえできなかった」

−まさか。(そんなに大変だったの?)
「うん。だんだん不安が大きくなって、僕もそれを自分自身に問い続けたよ。医者たちに聞くと、『大丈夫。20日経てば違ってくる。』そして20日が過ぎると、もっと悪くなっていった。そして、また聞くと、彼らは自信をもって繰り返すばかりだった。『大丈夫。一ヶ月すれば治る』と。悪夢だった」

−そのあとどうなった?
「やっと説明してもらった。神経機能のマヒはすぐには取り除けないということだ。神経が回復するのを待たなければいけない。携帯のバッテリーみたいなものなんだ。長くもたせるためには、充電する前に完全に放電しなくてはならない。それなのに、僕は電気のスイッチのようなものだと考えた。カチッと入れれば、また点灯するんだと。悲しい幻想だった」

−そうしている間にも悪口を言う人もいたね。ココは、いつも雑誌の表紙にArcuriと一緒にいると。
「知ってるよ。ああいうこと(別れたこと?)にならないことが望まれていた。そう、インテルのティフォージに本当のことを知って欲しいと思うよ。2003年11月から今日まで、僕はまさに本当の苦難を体験したと。あるときは、回復するまでに16ヶ月も待たなくてはならないという宣告にショックを受けた。運よく、精神的にも肉体的にも乗り越えられたけどね」

−今はマンチーニに何を望んでる?
「チャンスをもらいたい。自分を他のメンバーと同じように見てほしい」

−選手が長い活動休止から戻って、チームの中で重要なポジションをもらうのは大変なことだよ。
「それはよくわかっているよ。でもそれじゃあ、『にわとりと卵』になってしまうだろ。僕が自分のレベルを取り戻せたら、続けて出場できる。だけど、出場の機会を得られなければ、自分のレベルを取り戻すこともできないんだ」

−実際その左のポジションは、あなたのポジションと思っているんだね?
「インテルのような力のあるチームにはターンオーバーがいつもある。これは明白だ。だけど、外科手術する前、僕は代表チームにいたのだから、競争を恐れたりはしないよ。インテルにお願いするよ。10試合続けて出させてくれと。僕は莫大な給料をもらっているわけだから、これは彼らにとっても理にかなったことなんじゃないかな。
もしチームに復帰して監督が満足しなかったら、テーブルを囲んで、全員にとって一番よい解決策を見つけるため話し合って行く。幸いにもこれまで、僕の希望が通らなかったことはない。僕には僕のカードを使う道義的な権利があると信じている。メンバーを外れたのは、技術面ではなく身体的な問題のためだ。これを忘れないでほしい」

*Calvario カルヴアリオの丘。キリストが十字架にかけられたゴルドバの丘のことで、転じて、長い苦難・受難のこと。

http://www.gazzetta.it/primi_piani/calcio/2004/pp_1.0.536431243.shtml

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